コンピューター上で創り上げた仮想の3次元空間を、日本の先人達の空間認識を探りながら、新たな解釈で、平面化した絵画表現。物語空間を12の視点から切り取り、空間に配置された12台の巨大なディスプレイで、現実空間に展開する。

遠近法は時間軸がない瞬間の空間の客観的で幾何学的な平面化だが、これは西洋的な技法で、日本では絵巻物に代表されるように、奥行きを物語全体の時間軸まで含まれた4次元空間の平面化を発達させた。

日本の美術表現は、遠近法と違い、空間の物理的な情報を客観的に捉えることは犠牲となったが、焦点がないがゆえに、鑑賞者の場所も特定されない。また、物語とは関係のない場所へ思いをはせやすかったり、鑑賞者が登場人物になりきりやすかったりと、客体と主体が曖昧で表裏一体の物語空間を出現させる。

コンピューター上の仮想の3次元空間を、日本の絵画表現のように平面化する試みによって、日本の先人達が、空間をどのように視覚的に認識していたか、世界をどのように捉えていたか、ということを探る実験でもある。

1.栄華極まる平安京。光源氏は、きらびやかな色彩の中で、生活を送っていた。そんな時、平安京で、突然、厄病が流行る。厄病の原因を探るために光源氏は、都の外へと旅立つ。

2.厄病が続く方向へと旅立った光源氏は、とある村へ行き着いた。村では自然の恵みを祝いお祭りが行われていた。

3.祭りが終わり、日常に戻った村では、厄病の影響を受けながらも、人々は、果敢に  生きていた。人々は木々を切り文明を発展させ、また様々な自然の恩恵を受けながら、豊かに暮らしていた。

4.村は、都での新たな建築のための多くの材木を依頼され、山の奥深くの巨木を切り倒すことになった。巨木を切り倒すと、突如、そこからヤマタノオロチが現れる。ヤマタノオロチは、怒り狂い、大雨を降らして洪水を起こす。

5.村の家々をなぎ倒し、暴れまわるヤマタノオロチに続き、森の神々がやってきて、次々と村人を襲い始める。

6.後に残ったのは、荒れ果てた土地と、村の家々の残骸のみ。村は、自然の恩恵を失い、飢えに苦しむ。

7.後に残ったのは、荒れ果てた土地と、村の家々の残骸のみ。村は、自然の恩恵を失い、飢えに苦しむ。

8.光源氏は、ヤマタノオロチや森の神々の屍に囲まれ呆然とする。困った光源氏は、ヤマタノオロチの屍に、種をまいてみる。そうすると、屍から、芽が出て、み るみる花々が咲いていく。その花々は、樹木に成長し、森が作られていく。生き残った村人たちは、森の恩恵をまた受けることができるようになり、文明を発展 させながらも、森と共に懸命に生きていく決意をし、村では、また祭りが行われる。

※注 ヤマタノオロチは、『日本書紀』、『古事記』など日本神話に登場する伝説の生物。8つの頭と8本の尾を持ち、目はホオズキのように真っ赤で、背中には苔や木が生え、腹は血でただれ、8つの谷、8つの峰にまたがるほど巨大とされている。オロチの腹が血でただれているのは、砂鉄(あるいは鉱毒)で川が濁った様子を表しているとする説もある。また、たたら吹き(製鉄)には大量の木炭を必要とするため、川の上流の木が伐採しつくされた結果洪水が起きた事を象徴しているともされる。


3D Shading(遠近法による平面化)


3D Wireframe
(日本絵画的平面化)

3D Shading
(日本絵画的平面化)

compile

実際に見た風景に感動して撮った写真を持ち帰って見たときの違和感、もしくは、写真を見てから実際にその場所を見たときの違和感。
我々は、空間を、目で見ているのではなく、脳で見ている。
教育された概念や常識、多くの経験によって、見えたものを脳で補正し、再構成を行なっているのだ。

たとえば、私たちが遠近法を用いて描かれた絵画を正しく理解できるのは、同一のものが均等に配置された都市での生活や、教育、写真や実写の映像を多く見ていることによる部分が大きい。今でも、原始的な環境で生活する民族は、遠近法絵画の遠近を正しく理解することができない。

先天的に目の見えなかった人が、成長してから開眼手術をして視力を取り戻したとして、目は正常な機能を持っていても、その人は直ちに空間を把握できない。

つまり、写真や実写の映像のように、客観的に空間の物理的に存在する情報を、遠近法によって、平面化することとは、人間が、空間を認識していることの一側面なのだ。

では、現代の人間が、実写の映像と、今人間が見ている世界に、そんなに区別がつかないように感じるのは、なぜか。

逆に言えば、遠近法の教育を受け、写真や実写の映像に囲まれて生活し、いつのまにか、人間もまるで、空間を、写真や実写の映像と同じように見ていると思い込んでいるだけかもしれないのだ。

人間は、もっと、主観的に世界を捉えている。にもかかわらず、世界を物理的な客観的世界だとすることによって、主観的世界を分離してしまった。 そして、空間を、写真や実写の映像と同じように見ていると思い込んでいるのだ。

では、主観的な認識、身体的な感覚を重要視していた文化圏では、世界がどのように見えていたのだろうか?
日本は、客観的に世界を捉えることを重視していなかったように思える。世界は、主観的なものだと考えていたのだ。客観性が重要視される前の世界では、人は、世界をどのように認識していたのだろう。
そのことを知るために、日本の先人達がどのように世界が見えていたかを知ろうと思ったのだ。日本の絵画表現は、空間を観念的に平面化しており、遠近法のように幾何学的に計算・作図された平面化ではないと考えられている。
そんな日本の絵画表現を、コンピューター上の仮想の3次元空間によるCGで再現しようとするプロセスの中で、そのヒントが見つかるのではないだろうか?
それがこのプロジェクトの動機である。
そして、それは、分裂した客観的世界と主観的世界を再び統合的なものにするヒントになるかもしれないと考えている。