

picture 2 : Shading
picture 3 : compile
まるで主観的に心情で感じる生命感を、勢いで描いたような日本の水墨画。空間を平面化するという視点では、まるで論理性がなく、個性によって抽象化した再現性がない平面化のように思ってしまう。
作品中の森を、生命感溢れる、神々を感じるように、水墨画のような絵画表現にした。しかし、3DCGアニメーションで描くということは、木が倒れたり、木の周りを視点が回っていったりするアニメーションの、どの瞬間も、水墨画のような絵画表現になるということだ。それは、どの視点から平面化されても、水墨画のような絵画表現になる3D上の立体物を作らなければならない。 (pictures 1)
そうすると、このような枝葉の木々の形となった。 (picture 2 : Shading)
知らない木だが、どこか知っている木だ。つまり、実際は見たことがないけれど、本当は見たことあるような気がしたのだ。そう、厳かで、神々がいるような、人間の手がまだ入っていない森に踏み入った時、森の生命感が強すぎて、畏敬を感じてか、こんなふうに森を感じたことがあるような気がするのだ。
そう、きっと、日本の先人達は、実際に、こんなふうに森が見えていたのかもしれない。
普通に、空間がこんな風に見えていたから、まるで現代から見ると再現性のないような平面化に見えているだけかもしれないのだ。
私達は空間と身体とは別物だと考えてしまっている。もう一度、空間を自分自身の身体からとらえ直してみたい。
teamLab 猪子寿之






